堀江貴文「ゼロ」。堀江さんが赤裸々に語る文章が熱い

はじめに

堀江貴文の「ゼロ」を読んだ。この記事で感想を書こうと思う。

堀江貴文氏の本を読むのはこの「ゼロ」が初めてなのだけれど、読書後の感想として一言いえば、強烈だった、ということだ。

勘違いしないでほしいのは、悪い意味の強烈は無かった。何かと堀江氏には悪いイメージが付きまとう。若くして六本木ヒルズに住んでみたり選挙に出てみたり。しかしこの本を読み終えて、僕の堀江氏へのイメージは一変した。彼は金の亡者なんかではなかった。

彼は言動が少々荒っぽいことは事実だ。しかし、努力なくして成功は無い、とよく言うが、彼も例外ではなかった。努力や苦労の上に彼の人生は成り立っていた。

「ゼロ」から得た気づきを書いていきたい。

歯を食いしばって努力したところで大した成果は出ない

彼は言う。勉強でも仕事でもプログラミングでも、歯を食いしばって努力したところで大した成果は得られない、と。

堀江氏はこうも書いている。

お金を「我慢と引き換えに受け取る対価」と思っているなら人生はねずみ色だ、と。

まったくの同感だ。嫌な仕事を嫌々やっていても、大した成果は得られないし、ましてや人生がまったく楽しくないだろう。

この文章を読んだとき、僕は若い頃の自分を思い出した。僕の話をさせてほしい。

僕は高卒でフリーターになった。高校生活に飽き飽きしていて、家族との関係も良くなかった。だから、僕は高校を卒業したら、大した仕事でなくてもいいから、とにかく自分で生計を立てたいと思った。そしてフリーターになった。

最初にやった仕事は、スーパーの青果売り場の販売員だ。仕事内容は、野菜や果物を単純に並べていくだけの仕事だ。

当時を振り返って、若かったから多少続けることができた思うが、はっきり言ってまったく楽しくなかった。

この経験から、僕は仕事は楽しくないものである、という考え方をするようになった。堀江氏が書いているように、僕は仕事を苦痛との対価に受け取る代償だと思っていた。そしてこれは、30歳になっても変わらなかった。

変化が起きたのは、自分の消極的な性格を変えようと、無我夢中で社会人劇団に入ってからだ。30代半ばのことだ。

具体的なことは省くが、この社会人劇団での活動を通して僕は徐々に自信をつけていった。そして30代半ばにして、正社員の職を手にすることができた。

すべてを話すと膨大な量になってしまうので省略するが、僕はシステムエンジニアを目指すようになっていて、システムエンジニアとして生きていくチャンスを得ることができた。この仕事は今でも続いている。そして何より、システムエンジニアの仕事は僕に合っていたし、やりたい仕事をすることができているのが、本当に幸せだと感じる。

「あなたにとっての幸せとは何ですか?」といういやらしい質問(僕はそう感じる)をしてくる人が今まで多少いたような気がする。若いころは答えられなかったけど今ならスッと答えが出る。

やりたくない仕事をやらなくてよいことが、僕にとっての幸せだ。

やりたいこと、突き詰めたいこと、没頭できることに集中することが、仕事を作ることにもつながるし人生の楽しさにつながる。堀江氏はそう書いていた。




自信

引用させていただくが、自信とは自分に寄せる強固な信用のこと、と書かれていた。この表現には出会ったことがなく、とても新鮮な言葉だった。

堀江氏は、過去には自信が無かったと語っていた。強気な発言をバシバシ飛ばしていく姿しか見たことがない自分としては寝耳に水だった。

そして、自信をつけるということは、経験を重ねることだと書かれていた。キョドってしまうのは性格の問題ではない、という表現も使われていた。経験の問題なのだと。

経験を積まずして偉人になった人などいるのだろうか?僕はここで素朴な疑問を感じる。僕なりの感覚だが、日本では「お金を稼ぐ」ということが汚いことのように認識されているように思う

様々な本を読んできて、僕なりに言わせていただきたいのだが、お金を稼いでいる人たちは、多くの人たちから認められているのだ。多くの人たちから認められているので、その人にお金が集まってきているだけなのだ。

なのに、稼いでいる人間のことを金の亡者であるとか、あることないことでバッシングして引きずりおろそうとする。堀江氏も本書で書いているが、日本には誰かをバッシングする風潮があると思う。

誰かをバッシングして非難したところで、バッシングをしている当の本人には何の得もない。おそらくただ気が晴れるくらいのことではないだろうか。

そんな無駄なことにエネルギーを使うのなら、自分の時間を大切にして、自己成長のために時間を使った方がよっぽど生産的ではないだろうか。

もちろん違法なことは良くない。そして何より一番危険なのは、根強く残る終身雇用のせいで、何もできない無能な大人が高い役職についていて、若い力を潰そうとすることだ。

世界は大きく変わってきていると思う。今までの日本の文化であったのだろうが、体育会系の会社はブラック企業と呼ばれやすくなってきたし、それと同時進行でインターネットが急速に普及してグローバルな世の中になり、多くの他者に認められる人間が価値ある人間として評価されるようになってきた。そのため、いい意味でも悪い意味でも、無能な年寄りがあぶり出されるような世の中になってきた。

辛辣なことを書いていると自分でもわかっているが、これは事実であり、日本も今後は実力主義に移行せざるを得なくなってくるだろう。そんな厳しい世界で勝ち残っていくためにも、いい会社に就職すれば生涯安泰だ、なんていう古い考え方は今すぐ捨てて、未来や他者の求めるものを考えて行動していく力を、つけていくことが重要であると思う。

ノリの良さ

堀江氏は、チャンスに飛びつく力のことを、”目的意識”とか”向上心”などといったような言葉では表現せず、単純な人としてのノリの良さと表現していた。

彼の学生時代のヒッチハイクの経験が書かれていて、それによって営業力がついた、とも書かれていた。

僕は、どちらかというとコツコツひとりで努力するタイプなのでこの言葉を読んだときには少しドキッとした。まあはっきり言ってしまえば、僕はノリが悪い

でも、20代の頃と比べればはるかにノリは良くなったと思うし、30代の頃には社会人劇団に飛び込んだように思いっきりが良くなったとは思う。要は、どんなことでも、とりあえずやってみるか、という姿勢が大切なのだと思う。

日本は保守的な国で、何をやるにもリスクばかりを考えて行動しない。これは国としてもそうだと思うが、日本人ひとり一人においてもそうだと思う。僕もそういう保守的なところはかなりある。

でも、保守的な自分を認めたうえで思うが、かなり人生損してきたな、と思う。そして今も損しているな、とも思う。しかし、わかってはいるけどなかなか行動に移せない。

だから、堀江氏の”ノリの良さ”という言葉はとても印象に残っている。

いきなり、何にでも飛び込む明るい人間になることは難しい。でも、とりあえずやってみるか、とりあえず行ってみるか、というような考え方はそんなに難しくないはずだ。そしてこういう行動を積み重ねることにより、だんだんとノリの良い人間になれるのではないだろうか。

たくさんお金を稼ぐとか、幸せになるとか、健康でいるとか、それらを全く否定するつもりはないが、一度きりの人生、いろんなものに飛び込んでいった方が死ぬ時の後悔が少なくなる。過去に同じことを考えていた自分を覚えているが、”ノリの良さ”という新鮮な言葉から、あらためて大切なことを思い返すことができたと思う。

最後に

率直に言うが、本書「ゼロ」は誰にでもお勧めできる本だ。誰が読んでも、損はしないと思う。堀江氏を嫌う人もいるのだろうが、とりあえず読んでみることをお勧めする。

本書を読んで、堀江氏を応援したくなった。そしてあらためて、お金を稼いでいる人たちの考えや行動を、これからも見ていきたいと思った。もちろんお金がすべてではないが、有名になったり億万長者になったりするからには、何かしらの理由がある。その理由を見ずしては何も言えない。

いろんな成功者がいるが、彼らの成り立ちや生い立ちのバックグラウンドを、これからも追っていきたいと思った。