はじめに
このブログ記事は、「PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」の読書後レビューブログです。
PIXAR(ピクサー)をご存じでしょうか?別にあなたの知識を試しているわけではありません。
はっきり申し上げて、僕はピクサーがどのような組織なのか知りませんでした。映画はよく見るのですが、アメリカのアニメ映画はほとんど見ないのです。ディズニー映画もほとんど見ません。ライオンキングと美女と野獣は見ましたが。
ピクサーはアニメーションスタジオです。そして、あのアップルの創業者であるスティーブ・ジョブズが元CEOを務めた株式会社でもあります。
ピクサーの駆け出しのころ
時は1994年の11月にまでさかのぼります。まだピクサーが世に名を知られていないころ、世界初のコンピューターアニメーション映画を世に出そうと、ピクサーは開発を行っていました。
世にまだ作品を送り出せていなかったこともあり、資金の調達や、どのように会社を発展させていけばいいのかわからなく、まだ会社が軌道に乗っていませんでした。
会社の資金は、すべてスティーブ・ジョブズの小切手によって調達されていたといいます。16年間で約5000万ドル(約50億円)もの投資をジョブズは行っていたそうです。
ピクサーの前身はルーカスフィルムの中のひとつの部門であり、ルーカスフィルムからスピンオフされたときジョブズが買収し独立した会社です。
ジョブズは当初、ハードウェアを開発する会社を買収したと思っていたようなのですが、アニメーションを作るための画像処理コンピューターを開発していたのみで、そのハードウェア部門は1991年に閉鎖されてしまいます。
コンピューターアニメーションを作成するために画像処理コンピューターを開発していたのみで、メインはアニメーションで物語を作ることだったそうです。
ジョブズは物語を語るために会社を買収したつもりはなかったようで、ピクサーとジョブズの間には深い溝があったようです。
本書の著者であるローレンス・レビーは、以下のように書いています。
理由はじきにわかった。きっかけはパム・カーウィン。バイスプレジデントで、社内の様々な業務を統括している女性だ。
~~~(中略)~~~
あいさつがすむと、パムはずばっと本題に入った。
「立場って?」
「あなたはスティーブ派でしょう?」
なにを言われたのかわからなかった。不思議そうな顔をしていたはずだ。
ピクサーの社内では、”ピクサー派”と”スティーブ派”という言葉さえあったそうです。
ピクサーの社員はみんな芸術志向でクリエイティブ、そして素晴らしい物語を作ることに価値を置いている。一方ジョブズは利益を出すことが最優先で、ピクサー社員とジョブズの考えは遠く離れていたそうです。
そこにローレンス・レビーが入ることになり、ピクサーを立て直すために東奔西走するのが本書の物語です。
ローレンス・レビーとは
本書の著者であるローレンス・レビー氏のことを簡単に書いておきます。
彼はもともと弁護士をしていたそうです。弁護士の時代に一緒に働くことが多かったEFI(エレクトロニクス・フォー・イメージング)のCEOであるエフィ・アラジから声がかかり、法律事務所を辞めてEFIに入社。その後EFIで副会長兼最高財務責任者にまでなりました。
ジョブズから声がかかったのもそのころで、シリコンバレーで働いていたそうです。
ジョブズは雑誌でローレンスのことを知り、電話をかけたそうです。その一本の電話から、ローレンスの奇想天外なジョブズとの二人三脚の物語が始まります。
ローレンスはジョブズからのピクサーへの誘いに、最初は戸惑ったそうです。EFIでは副会長にまで出世したわけだし、そのころのジョブズの評判は良くなかったとのこと。
アップルから追放されて、次に立ち上げたネクストという会社でも成功という成功は手にすることができていなかった。つまり長い間ジョブズは結果を出せていなかったわけです。
通勤時間も長くなる。ピクサーがどのような会社なのかもあまりわからない。
彼はエフィに相談します。そしてエフィから次のような言葉をかけられるのです。
「ローレンス。きみは、もっと自分の直感を信じた方がいい。それだけの経験は積んでいるはずだ」
当初ローレンスは転職を考えていたらしく、妻のヒラリーにも相談します。本書に書かれていたヒラリーの言葉が印象的でした。
でね、スティーブは真剣だと思う。あなたと一緒に仕事がしたいと心から思っている。ちょうど転職を考えていたときにこういう話が来たのもなにかの縁じゃないのかしら」
この後、ローレンスはジョブズのオファーを承諾します。
ジョブズとローレンスはご近所さんだった
ローレンスとジョブズはご近所住まいで、よく散歩に出かけたそうです。
「やぁ、ローレンス。散歩に行くかい?」
ジョブズから声をかけられ、近くの公園などを歩きながら話をしたそうです。
ジョブズの晩年には、ジョブズの邸宅の裏門から入り勝手口を通って、ジョブズが在宅かどうか確認したりしたそうです。それほどローレンスはジョブズと深い関係を築いたとのことです。
ローレンスも、ジョブズからオファーがあってピクサーが成功を収めるまでに、複雑骨折という大きな怪我を負っています。そのとき、ジョブズは家族を連れて何度もお見舞いに足を運んだそうです。
世の中のジョブズの印象は、気まぐれな暴君といったところではないでしょうか。ローレンス氏も書いていました。昨日否定した部下の意見を、今日は自分のアイデアのように話すことが多々あったと聞きます。
しかしこの本で書かれているジョブズは、とても人間味のあふれる人物像でした。
ローレンスはピクサーを立て直すため、ジョブズにとっては良くないことも次々と提案します。しかしローレンス氏は本書の以下のように書いています。
この2か月、スティーブといろいろな話をしたけど、彼が反発したり言い訳に走ったりしたこと、ないんだよね。あれもだめ、これもだめと僕はピクサーの事業をこき下ろしたわけで、その一つひとつに彼から反論があってしかるべきなんだ。でも、彼はそうしなかった。
本書はピクサーの成功の物語を体験できるだけでなく、ジョブズの人間像を理解することができる本だといってもいいかもしれません。
ピクサーの成功
書きたいことは書けたので、最後にはピクサーの成功について少しだけ書いておきたいと思います。
ピクサーは世界初のコンピューターアニメーションである「トイ・ストーリー」を、予定通りに1995年の11月に公開します。そして大ヒット。
1997年2月には、ピクサーというブランドをディズニーが対等に扱うとして、新たな契約を結びます。そして、2006年の1月に、ディズニーはピクサーを買収します。買収というと聞こえが悪いですが、ディズニーのピクサー買収でディズニーはアニメーションの世界に返り咲き、ピクサーというブランドは今でも残り続けています。
「当代有数と言えるほどの成功を収めた企業買収だった」と本書にも書かれていました。
ジョブズもこの買収だけで、約40億ドル近い資産を持つことになります。
ディズニーとピクサーの関係は最初は悪かったようですが、本書の最後は良好な関係が築けている状態で終わっています。これは今でも続いているといっていいと思います。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが制作した「アナと雪の女王」は大ヒットしたし、ピクサー・アニメーション・スタジオが制作した「トイ・ストーリー4」も大成功しています。
「アナと雪の女王」の製作総指揮に、初代「トイ・ストーリー」の監督を務めたジョン・ラセターが名を連ねています。
ピクサーはディズニーの傘下には入りましたが、ピクサー独自の文化は保ちつつ、ディズニーと良好なパートナーとなったといえます。
最後に
この読書レビューブログは少し長いものとなりました。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この「PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」という本は、間違いなく僕の中でトップ3に入る本となりました。
財務責任者というスポットライトの当たらないローレンス・レビーという人物と、今でも愛され続けるAppleを作った有名なスティーブ・ジョブズの物語は、歴史を垣間見るという面白さと同時に、協力し合うことや話し合うことの大切さを教えてくれます。
ローレンス・レビーがすごいのは、スティーブ・ジョブズというカリスマ的な勢いを持った人物の、縁の下の力持ちという立場で行動し、様々な人間たちの価値観の橋渡しをしたことだと思います。
彼は自分の立場をわきまえつつ、ジョブズのサポートに徹底的に徹し、そして友人として接したのです。いいことも悪いこともすべて真摯に伝え、時には厳しい提案もしました。彼自身もかなりの精神的圧迫があったことでしょう。
でもジョブズとは真の友人関係を築き、ピクサーにもディズニーにも理解を示し、そして信頼された。
この本を読んだ後、僕は1995年公開の一番最初の「トイ・ストーリー」を見ました。この本の物語を読んで、観たくなったのです。
感動しました。しかし本書を読んだことによる事前の知識があったわけではありません。純粋に感動したのです。
ピクサーのコンピューターアニメーションには、“物語”がある、と感じました。
最後にジョン・ラセターの言葉を紹介したいと思います。
きれいなグラフィックスを作れば人を数分は楽しませることができる。だが、人々を椅子から立てなくするのはストーリーなんだ。